長野県川上村に蔓延る不条理に時効で逃げる藤原忠彦村長!? 其の2

(2012/01/25)

 日本有数の高原野菜の産地で知られる長野県の川上村。特に長野県が天然記念物に指定した川上犬は、村の名を世に轟かせてきた。長閑な山奥の集落で、日本狼の血を引く伝承もあるという川上犬を従え、高原野菜の収穫で、たくましく生活を営む村民を長年従えてきたのは自伝「平均年収2500万円の農村」の著者で全国町村会長でもある藤原忠彦村長(73)だ。

 その藤原村長に、自らが抱える問題を時効だと放られてしまい奮起しているという女性から当紙は事の顛末を聞いた。この女性は、明治の戦乱期に近衛師団長・北白川宮能久親王の側近として仕えた持田仁之助の末裔で、群馬県藤岡市で蛭子神社の神主を務める持田もり子女史である。

 持田女史の訴えによると父・持田源司(故人)は、生前の昭和58年12月17日川上村の千曲川災害助成工事に伴いう用地(約940坪)の権利者であることから、川上村と事前協議の上「潰し地に付いては総て金銭による解決とする。坪当約8千円」という内容の覚書を交わしている。ところが未だ支払われること無く用地だけ取上げられてしまっているのだという。

「父は亡くなってしまいましたが、娘である私が父の生前の意思を引き継ぎ再三、川上村役場に対し請求をしてきました」というのが持田女史の話だ。川上村と交わした書面もしっかりと実在する故、相談を受けた長野県も川上村から支払いを受けるよう指導してくれたそうだ。藤原村長も持田女史と会う度に「何とかするから」と言ってくれたそうである。

 ところが、一向に実行されないので弁護士に相談し請求をしたが、川上村の代理人弁護士からの回答は「川上村から亡持田源司氏に対し未払いの事実はなく、現在も川上村は亡持田源司氏の遺族にその支払いを行う考えを有しているということもございません。」「請求権も時効により消滅している」というものであった。

 これでは川上村と交わされた書面の存在自体が否定されているようで、持田女史が書面を捏造し虚言を繰り返し架空請求でもしているかのようではないか?

 そこで、この回答の真意を当紙が取材したところ川上村は、持田女史の請求は事実に基くと認めるも、20年以上も前のことであり、当時の関係書類が役場に残っておらず、未払いの事実を確認できない以上、支払ったかも知れないという逆説も生まれる為、支払うべく保証金を予算に計上し議会の承認を得ることが困難であるということが、支払えない最大の理由にあるという。

 ならば「未払いの事実はない」ではなく「役場の手続き上、払ってあげたくても払えない」ことの理由を詫びの言葉を添えて丁寧に説明する配慮があっても良いではないか?そして、藤原村長が「何とかするから」と持田女史に言っていたのが事実なら、その軽率な発言の責任として、当時の職員に聞き取りを行う等、未払いの真偽を確認する最大の努力を尽くすべきではないだろうか?

 藤原村長ご自身も当時は川上村役場の職員だったというし。また、他の地権者には皆、当時の川上村役場が取引金融機関に指定していた農協の口座に保証金が支払われているが、持田源司名義の農協口座に川上村から入金があったという事実が無いことが持田女史と農協の調べで判明しているという。

 サンデー毎日掲載の賄賂疑惑や川上犬の血統書捏造問題を藪の中に収めたナアナアな対応が、いつも功を奏すとは限らないのだ。役場相手に時効を理由に泣き寝入りなんて、亡くなった先祖の霊も浮かばれないことだろう。つづく

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