社主の独り言(辛甘口)

(敬天新聞3月 162号)

▼菅政権の支持率が下り続けている。しかし菅総理は辞めようとしない。
 マスコミは政策能力の無さを批判するより、民主党の内部分裂とそれでも辞めない菅総理政局の変化を期待する報道を繰り返す。政治家も大手マスコミも生活に困らないから、政治ゴッコをやってるだけで、一向に庶民の生活がよくなる気配は見えない。理想論者と組合優先者と社会主義者の寄せ集まりが、金権主義者の選挙屋に振り回されているだけの集団だということがわかり、何ひとつ国民の為になる政策を実行できないとわかった民主党。
 一日も早く政権与党から降りてくれないと国民にとっては悲劇である。ところが日本人気質というか外国人には全く考えられないのが、菅総理が支持率1%になっても辞めないと言って、本当に辞めなかったら、それはそれで素晴しいとか、あれだけ世間に叩かれても動じない不屈の精神こそ今の日本人には必要だとかの声が上がり、支持率が上る可能性がある。
 世の中の上り坂も下り坂も常に繰り返しやってくる。突然やってくる魔坂もある。喜びと悲しみは交互にやってくるのだ。日本国民は穏やかで心優しい国民だから、基本的には争いを好まない。デモにしても整然と静かに行進するだけである。外国で行われるデモという名の暴動・強奪・火事場泥棒等は全く受け入れられない。しかし国民の一致団結力、チームワーク、犠牲的精神、奉公、忠孝、勤勉等の日本独特の文化が経済発展を始めとした成長に繋がったのだろう。
 綺麗事、理想論、嘘八百を並べたサギフェストの非を認めた菅政権が修正案を出してきたことは評価すべきである。現実主義に切り替えなければ成り立たないことが分ったからである。
 日本の理想的な政治は、清濁併せ呑んだ自民党政治である。しかし余りに政・官・財の癒着、汚職、無駄遣い、無駄建設がひど過ぎた。それを見直す為に民主党に期待した。
 ところが組織が複雑に入り組み繋がっている為、悪い所だけの解体が出来ずにいる。いや民主党も政・官・財の本格的な改革に臨めば、自分達の首を絞めることになるので、出来ないのだ。
 本気でやる気があるのなら、先ず政治家に対して厳しい倫理を求める法律を作ればよい。給料を下げる、人数を減らすというものではなく、政治倫理に関するもので、疑惑や不正に係わった者、法律違反をした者は即辞職させる。十年間の立候補禁止。その間に蓄えた物は全て没収、暴対法ならぬ政対法である。この位の厳しい姿勢で政治に臨めば国民は政治家を尊敬するようになるだろう。こんなに厳しくしたらなる人がいなくなるよ、という人がいるかも知れないが、心配御無用、世に正義感の強い人、世の為、人の為にという人は星の数ほどいるものだ。政対法に耐えうる政治家が出現すれば、国民は全幅の信頼を置くだろうから、続けて、官対法、財対法と厳しい倫理観を持たせれば国は良くなって行くだろう。
 利害の複雑に絡んだ癒着構造を断ち切るには、先ず自らを律し、厳しい状況に立たねば人の理解は得られまい。人生が方便の様な鳩山に引退勧告するとか、金の亡者で選挙屋に過ぎない小沢は強制離党させるとかすれば、評価も上るのに、何もできないまま、もうアカンと4月の統一地方選挙ではボロ負けすることだろう。どうせ内部で足を引っ張られたり、引っ掻き回されて潰れるなら小沢を追放すればよかったのに。
 小沢を追放したところで精々ついて行くのは今回のような無名で比例下位の次回が無い様な輩ばかりだろう。将来のある奴は泥舟には乗らない。小沢は政治倫理規正法で裁くからグレーか黒かの問題になる。歳費以外に収入が無い筈なのに、何故そんなに金を持っているのか。当を解党した時、国から貰った党費は皆で分けたのか君がネコババしたのか、本来国へ返すべきではなかったか。数多くの不動産の原資はどこから出たのか、とかいう意味合いの罪に問うべきである。要は脱税だ。田中角栄も金丸信も金に纏わる罪で裁かれたから有罪になった。小沢も同じである。書いたか書かなかったかなんてどうでもいい。その本質に迫るべきである。
 小沢を逮捕、失脚させなければ本当の意味での政治浄化はない。

▼斉藤祐樹選手が日本の理想的な好青年の見本である。どうすればこんな子供が育つのだろう、と世の親は憧憬の眼差しを送る。あそこまで外見、所作、実績、躾、性格等、全てにおいて完璧だと嫉妬も起らない。その斉藤君を凌ぐような可愛い若者が現れた。フィギュアスケートの羽生結弦君だ。斉藤選手が市川雷蔵を甘くしたような顔立ちに対して、羽生君は三善英史かあいざき進也系のマスクであるが、兎に角可愛いのである。今後国民的息子として大ブームを起こすことだろう。対極にいるのが亀田兄弟である。本当の姿は知らないが、日本人は、有言実行、大口叩き威張るような言動を嫌うのである。まあ、その人の価値観だから別に構わないが。
 最近私が女性のニュースアナウンサーで好きなのが、赤江珠緒だ。ついこないだまでニュースアナナンバーワンは田丸美寿々や小宮悦子だったような気がしていたが、歳のせいか咄嗟の切り返しが下手になったし、言葉に詰ることも多くなった。
 私も喋っていて的確な言葉が出てこないことが多くなったのでよく分る。だから田丸美寿々が引退したのは賢明な選択だろう。そこら辺にいる勘違い権力者のバカタレには彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたい。
 一般アナで最近一番の好みはNHKの有働由美子アナだ。機転と切り替えが素晴しい。先日、尻をアップするトレーニングを教えていたが、「何で世の男性はアップ尻を好むのかしら?タレ尻こそ素晴しいと認識が変ればいいのに!」と発言。確かにそうだ。ホッテントットのような生まれ付きな形もあろうが、基本的には年齢と共に引力の法則で垂れ下がる。これを自然の法則に逆らって上へ引き上げようとする試みこそ間違いであり、自然の掟に従うことこそ美徳である、と認識する運動を始めればよい。
 世の女性がタレ尻こそ魅力と堂々とタレ尻宣言をして、より垂れてる様に見える服を着用すれば、男の見る目だって変わる可能性はある。ミニ、ミディ、マキシとスカートの丈の長さだって流行で変る。ミニが流行っている時はマキシはダサく見えるだろうし、マキシが流行っている時はミニはカッコ悪くて着れない。だから女達の自信でアップ尻とタレ尻の流行が交互にやってくるかも知れない。有働アナの言葉は満更酔狂な話でもないのだ。タレ尻に陽が当る日が来るのを願おうではないか。
 歳を取ると健康こそ有り難いと思うもので、最近では髪の毛が薄かろうが、歯が抜けようが、シワやシミが増えようが、況してや尻が垂れる位、全く気にならない。と言っても、俺は男だからであって、やっぱり女は幾つになっても女だから、そういう訳にはいかないのかなー。

▼還暦祝いも兼ねて中学校時代の同期会があった。私の田舎では今年干支に当る還暦の人は二月一日に近くの神社で餅を撒き、二月中に祝いの宴を開く慣習があるのだそうだ。その意味は老後の無病息災を願うことだという。その願いも込めて2月の初旬に中学時代の同期会があった。全員来たら二〇〇名位だそうだが、その日の出席者は六十名強だった。物故者が十名程(分っているだけで)いた。
 半数近くは四十五年ぶりだったので、驚きの連続だ。女性陣の方が多かった。そして元気がよかった。男は人生に疲れているのだろう。中学校時代は子供過ぎて浮いた話も無い。また四十歳の巡り逢いなら恋が芽生える可能性だってあるかもしれない。
 初老になった今、そういう思いより、お互いの健康を気遣う会話が多かった。女性に対する美意識も外見よりも健康的な人が魅力的に見えた。女性から見た男性もそうだろう。多分、健康的で生活に余裕があってゆったりしている人が魅力的に見えたに違いない。
 私など十年前の同期会と同じで「どうして貴方は小学校の時、私ばかり苛めたんですか」と女性に詰め寄られ、返答に困って、「多分好きな気持ちを伝えられなくて、その裏返しだったのかも」と言って、その場を乗り切ったが、苛められた人の恨は思ったより忘れ難しってことで、近隣諸国の気持ちが分ったような気がしたね。だけど彼女は四十五年ぶりに会って言いたかったことが言えてスッキリしたかも。一件落着。同窓生に幸あれ。

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