地上げ屋への融資が露呈した昭和信用金庫、社会的規範におとる杜撰な与信を徹底解剖A

2009/12/09

 金融機関には貸出の決定にあたって、それぞれ独自のルールが確立されてある。とはいえ、基本となる貸出基準が国の指針として整備されている今、金融機関の違いで大きな違いが生じることはない。差があるとするならば、融資申込者に対する信用力の審査や融資枠を決定する与信判断に、多少の違いがある程度である。

 A銀行は担保重視の姿勢であったり、かたやB銀行は人物重視といったようなことだ。ただし、貸出対象に絶対してはいけない融資事案は存在する。勿論、情実融資や背信行為的な犯意があっての融資事案とは別のものである。

 物担至上主義の銀行が永らく卑下していた、無担保融資の消費者金融も、その大手の殆どがメガバンクに吸収されている今、金融業界は一握りの大手とその他に、完全に分離されているのが現状だ。その、その他の部類に当てはまるのが、都市銀行と消費者金融の中間に位置していた、地域密着型の信用金庫である。

 もとより優良事案の大半を大手に食われ、頼みの個人貸付は、都市銀行の支配を受ける消費者金融に横取りされている信用金庫は、存在意義すら失いつつ、まさに存亡の危機といえるのではないか。しかし、優良顧客に恵まれているのか、はなから企業体質が利益至上主義なのか、昭和信用金庫(世田谷区北沢1−38−14=神保和彦理事長)だけは、例外的に業績を伸ばすことに成功している。

 その最大の理由が、脱法的な融資にあることが判明している。断言しておくが、この不況が続く世知辛い時代、銭儲けの種は常に犯罪の中に埋もれているといえる。嘆かわしいことだが、生真面目に生きても報われることは少なく、悪事に手を染めたものが銭を手に入れ、生き残る時代なのである。

 昭和信用金庫は特別な事をやって業績を伸ばしている訳ではない。寧ろ、銭貸しの卑しい本分を忠実に履行しているに過ぎないのである。そういった意味で、犯罪性が匂う地上げ物件への融資は、昭和信用金庫にとっては誰も手を付けない宝の山なのである。

 今回、神保和彦理事長が当方申し入れの事実確認にさえ応じない姿勢を見る限り、行員個人、或いは貸出決定権を有する支店長クラスによる情実融資等とは違い、昭和信用金庫は組織的に脱法的融資に取り組んでいると、判断せざるを得ないのである。本件融資については、担保物件とした建物が、明らかな違法建築物(建ぺい率を越える別棟建物)であることが判明している。

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